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2011/04/07

想い出の沿岸部の町々

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病室のベット上で耳を傾けていたラジオから・・・

「女川町役場が屋上まで浸水しております」

耳を疑いました。

女川には、30年ほど前に勤務の関係で住んでいたことがありました。確か役場は、海岸から約300~400mの距離ではありますが、海岸よりやや高く、庁舎も4階建だったように思います。

その4階建ての建物が津波に飲み込まれてしまった?

中心街は、海の中にあるということなのか?

どう考えても、想像がつきませんでした。

昔世話になった方々は、ご無事だろうか?

女川は、初めて親元を離れて暮らした町。独身時代の最後を暮らした町。沢山の新しい友人と出会った町。

2年連続参加したみなと祭りのこが(水産加工場で使う樽)漕ぎレース。湾上中央から上がる打ち上げ花火、海面に半円を描く水中スターマイン

他にも想い出がいっぱいです。

女川だけではなく、岩手から福島に至る沿岸の想い出の町々。

女川勤務時代に社内旅行で訪れた、大船渡、釜石、宮古。

中学生の頃に叔父家族に交じって訪れた、気仙沼、唐桑。

結婚して間もなく訪れた、気仙沼大島。

幼い頃に母と潮干狩りを楽しんだ東名海岸(現東松島市)。

やはり幼い頃に家族で海水浴を楽しんだ深沼海岸(仙台市若林区)。

小学生の頃、父と釣りを楽しんだ閖上(名取市)、岩沼の貞山掘、鳥の海(亘理町)等々。

学生時代に泊りがけで友人を訪ねた相馬市。

家内の母の実家であるいわき市小名浜。

機会があったら、また訪れてみたいと思いながら、実現できないでいた場所の数々。

地元の方々にとっては、気の遠くなるような復興への道程かもしれません。いや、ライフライン等の復旧すらままならないで苦労しておられる所もある現在。しかし、いつの日かあの美味しい魚をまた食べられる日が、美しい海岸線を眺めることができる日が、港に威勢のいい浜の男、浜の女の声が響く日が一日でも早くやってくるよう願ってやみません。

しかし、昨年2月に書いた記事「漁村の夜明け」。まさか1年後にこんなことになるなんて。

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[PENTAX SFX/SIGMA Af ZOOM 75-200mm F3.8/PROVIA 100]

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東日本大震災」カテゴリの記事

コメント

おはようございます
強い地震あったみたいですが大丈夫でしたか 水
の怖さまざまざと見せつけられました でもそれ
でも中々自分の故郷離れられないんでしょうね
1日でもはやく明るいニュース訪れる事願ってやみ
ません・・・

昨夜の地震強かったですが大丈夫でしたか?
今朝方、4時頃まで眠れずにラジオのニュースを
聞いていましたが未だ緊張していて眠くはないです。
興奮状態から醒めていないのですね?

カメラ夢遊さん、ありがとうございます。
大変ご心配をおかけしましたが、大丈夫です。
3月11日の地震より短かったですが、強さは変わりなかったように思います。
想像を絶する悲惨な状況でも、復興を目指す方々の姿に胸が熱くなります。本当に、どうか明るい未来を切り開くことができますように!

るーちゃんさん、ありがとうございます。
先月の地震とは、揺れ方が違った感じでしたが、またかなりの強さでしたね。闇の中での揺れは、かなり恐怖を感じましたが、お陰さまで無事です。
私も、3時までラジオを聞いていましたが、やはり興奮状態で、脈がかなり上がっていたようです。

涙がでます・・・

私にとっても何度も訪れた沿岸部の馴染みのある町、町、町、
山元のほっき祭り・・・

女川のさんま祭り・・・

気仙沼の太巻き作り・・・

大島のつばき・・・

陸前高田、大船渡、釜石、

6号線を走ると見えてくる・・・美しい海岸・・・
そして石巻は本当に身近な町でした。

身近な町が、今、初めて見る街のように姿を変えていました。

津波の恐怖。
一瞬にして姿を変えてしまった町。


苦しくて苦しくて涙がただただ流れて・・・

瀬戸内寂聴さんが、「無常」とはおなじ状態はつづかないこと、と。今、生き地獄のどん底の状態の日本も東北の被災地の方々も、このどん底から、きがつけば、変化していたと気づく日が必ず訪れるはずです。と、語っていました。


何年かかるかは、わからないけれど、明るい明日を信じて。

山岸浅葱さん、ありがとうございます。

巨大な津波は、本当に一瞬のうちにのみ込んでしまいました。
何年も、何十年もかけて積み上げてきた沢山の方の人生を。
そしてこれから先、何年、何十年と歩むはずだった人生を。
信じられません。あまりにも残酷すぎます。

寂聴さんの言葉、私も生島宏さんがラジオで紹介しておられるのを聞きました。メディアでは、故郷を必ず復興させて見せるという固い決意を語っている沢山の方々の声も聞きます。先日も、ビニールハウスがあったであろう場所を前に再挑戦を誓う山元町の苺農家の方がテレビで紹介されていました。

そのような方々がいらっしゃる限り、失われてしまった故郷は、きっと、きっと、新しく生まれ変わっていっきますよね。

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