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2012/05/12

1年2カ月 虹を架けよう

120511

一に遅くなりましたが、昨日は5月11日。

東日本大震災から1年2カ月が過ぎました。

あの日も丁度金曜日。何事もありませんようにと、祈らずにはいられませんでした。

上の写真は、東日本大震災復興支援ソング「虹を架けよう」のCDジャケットです。

演奏は、宗さんこと、さとう宗行さん他、宮城、東北縁のアーティスト、タレントがメンバーのbikkis + スペシャルゲスト。

ちなみに、「bikki=びっき」とは、宮城弁でカエルのことです。

 “一般社団法人 みやぎびっきの会HP”

歌詞には、津波の甚大な被害にあった海岸線の街々が登場。

上のHPでは、とても感動的なプロモーション・ビデオが見られます。

「僕らを育てた この街に 虹を架けよう」

歌詞に登場する街々が映し出され、その空になびく虹色ののぼり。

そして、そののぼりを振る人たちの表情。

昔、その街へ行った思い出が蘇がえったり、目頭が熱くなりました。

昨年は実現できませんでしたが、できればその思い出の街々に足を運んでみたいです。


ところで、6日には、茨城、栃木で竜巻による大きな被害が発生しました。

栃木の真岡や益子へは、宇都宮在住時に訪れたことがあります。

テレビに映し出された、壊されたたくさんの住宅や車を見て、震災での津波被害を思い出させられました。

中学生の男の子が犠牲になられたり、胸が痛みました。

昨年の震災、この冬の豪雪、先頃の豪雨等々、自然災害の恐ろしさを痛感させられる今日この頃です。

早いもので、年が明けたと思ったら、もうすぐ6月。

これから迎える夏、秋、冬と、どうか穏やかな気候が続いてくれるよう願うばかりです。


☆ Today's Photo
  PENTAX Q/01 STANDARD PRIME

***今日より明日が、より良い日でありますよう!***

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東日本大震災」カテゴリの記事

コメント

チャトラさん、こんばんは。
岩手でもビッキと言いますよ。
今の若い人は言わなくなりましたけど。

3日前、陸前高田の友人のお墓参りに行ってきました。
友人宅は一家4人、友人夫婦と息子さん二人で、全滅でした。
納骨したと聞いたので、仲間5人でお姉さんに案内して貰って、お墓と自宅の跡地にお線香とお花を供えてきました。
自宅の跡地で拝んでいたときに通りかかった若い女性が車から降りてきて話をしたのですが、その女性は両親と兄弟を流されて一人生き残ったのだとか。
その女性は友人が娘のように可愛がっていた人だそうで、友人のご主人の遺体も、その女性が家族を探してるなかで時計から気がついて見つけたそうです。
あれから一年に以上経ちましたが、現地ではまだ何も解決していません。
チャトラさんご紹介の歌で、社会の耳目が少しでもそちらに向けばいいですね。

金曜でしたね!その次の日嫁実家のおばあちゃんの1周忌。僕は土曜の遅く出て釣りでもしようか、、久々にサーフィンか、、と考えてました。一日ずれただけですが。あれが土曜日に起こっていたらと思うと怖いですね。電車の中、サーフィン中とか。。 ベタですが生きてるだけでもうけものって思います。 今週は気仙沼でしたが大分ガレキも減りました。しかしまだまだ淋しい街並みいつの日にか復活してくれるといいですね。

おはようございます
自然災害はなんとか立ち直っていけるけれど原発は
どうしょうもない・・・ 豊かすぎる生活見直さないと取り返しのつかないことになってしまいますね

esikoさん、こんにちは。
esikoさんも大切なご友人を亡くなられたのですね。大変辛い思いをされたのですね。心が痛みます。ご友人の所で出会われた女性も、どんなに辛い思いを胸に、この1年を過ごされて来たことか。
私は、身内や親しい友人を亡くすことはありませんでしたが、昔縁した方も何人か亡くなりました。そして話を聞けば、知人友人の殆どが、身内の方や知人友人を亡くされたりしています。
1年が過ぎたと言っても、大きな悲しみを抱えた方達には、あの時、時計の針が止まったままなのかもしれません。
そして、仰る通り、現地では、復旧復興がなかなか進んでいないのですね。
中央のメディアでも、震災についてとり上げる機会が、少なくなってしまったように思います。
この問題が風化することがないよう、個人的にも、どんな小さなことでもいいから、何かできないかを探っていければと思っています。

tkcさん、こんにちは。
あの日が、土日だったら、更に季節が夏、海のレジャーシーズンだったら、どんなに犠牲になられる方が増えていたことでしょうか。
先日ちょっとお話ししましたが、私も、30年ほど前には、仕事で女川に住んでいました。人間の一生に比べれば、地球時間の長さは、30年なんてほんの短い誤差かもしれませんね。
昨年入院した際、体調不良をぼやいたら、看護士さんに「あの震災を生き延びられたのだから(頑張りましょう)!」と励まされ、はっとしたことを思い出しました。

カメラ夢遊さん、こんにちは。
震災直後から、多くの人々がとった献身的な行動には、まさに「絆」を感じさせられました。
しかし、原発事故は、色々な意味で、たくさんの「絆」を引き裂いてしまったように思えてなりません。
何日か前、仙台の中心から遠く離れた、本当は素晴らしい自然環境に恵まれた渓谷で獲れたイワナから基準値を超すセシウムが検出されたとのニュースを聞きました。
目に見えない恐怖とどう戦っていったらいいのか、行く先短い私はともかくとして、次の世代のことを思うと、本当に心配になってしまいます。
安心安全な新しいエネルギー政策を、早く確立してほしいと思います。

この災害が自然災害だけなら、もっともっと頑張れるのにと悔しい思いを持ちますよね。 わたしは現在の二大政党のどちらを応援するものでもありませんが、これまで原発を推進してきた自民党から、謝って欲しいです。 他の「利権に喰い付いてきた人たち」は、こんなことで謝ったりする筈もあありませんが、公党なのですから。 その政権を選択したのは国民だという理屈もあるでしょうね、しかし、わたしたちは全てを知らされているわけではありません。 国民の過ちと言うなら、全員の責任であるとしても、誘導して来た人は責任を感じてないのでしょうか。
わたしたち日本人は、東北地方を捨て去る決意を迫られるほどの危機に直面しました。 これほどまでの苦しい思いに見合う「便利」なんてある筈がないと思います。

iwamotoさん、こんにちは。
本当にそうですね。小出し的に出てくる、危険を指摘されながら手を打たなかった、想定外では済まされないような実態。もう人災だと思います。
震災後、自民党内に組織された、原発推進派によるエネルギー政策合同会議、今はどうなっているのか。現政権も、原発の海外輸出の重要性まで公言してますし。河野太郎さんあたりが総裁になれば、自民の脱原発政策に関しては、期待できるのではと思うのですが。
とにかく、何よりも安全性第一に考える人たちに、これからのエネルギー政策をリードしていってほしいと思います。

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