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2015/11/02

越えられなかった新たな山の頂

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季節は、もう晩秋です。空気もひんやりとして、肌寒さを増してきましたね。今日などは、日中からファンヒーターを付けてしまいました。我が家周辺の木々も大分葉を落とし、冬の準備を進めています。

実は、以前記事にした「越えなければならない新たな山の頂」とは、義母の病のことでした。

その義母ですが、7月初めに膵臓がんが見つかり、9月下旬に亡くなりました。入院での闘病期間3ヶ月。僕ら家族にとっては、あっという間のようで、反対にとても長く感じた3ヶ月でした。義母にとっても、恐らくそうだったのではないかと思います。

膵臓がんは、発見がきわめて難しいそうですね。自覚症状が出てから、がんが見つかるのは、殆どステージⅣ(末期)の場合が多いとか。義母も、やはりそうでした。手術で完治が望めるステージⅠ(初期)での発見は、本当に稀だと伺いました。

膵臓がんの主な原因は特定できていないそうですが、母の場合は糖尿を患っていましたので、それも要因ではないかということでした。

膵臓がんは見つかり難いし、一般的ながん検診の項目にも入っていないようです。しかし、専門病院で母を担当していただいた主治医は、糖尿を患っておられる方、そして、(膵臓がんには遺伝性も見られるので)身内に膵臓がんを患われた方がいらっしゃる場合は、毎年の検診でその事を申告し、担当医師に良く相談された方が良いと、仰っていました。

そうそう、義母な場合、春先頃から近くの医院で体調不良を訴えていましたが、主治医は胃痛ということで対応し続け、がん専門病院を受診するのが遅くなったのです。
先に書いた様に、膵臓がんは自覚症状が出た時は末期まで進行しているケースが多いので、その遅れが致命的であるとはいえないでしょう。しかし、対応の遅れによって治るものも治らないとなっては、後悔しきれません。状況によっては、セカンドオピニオンということも、しっかりと考えておかなければならないと思います。

とにかく健康第一、皆さんも、どうかくれぐれもお体を大切になさってください。

ずっと僕たち家族を、そばで見守り続けてくれた義母でした。
時折、深夜静まりかえった病棟の一室で義母を看取った時のことを思い出します。
でも、毎日のように顔を合わせていた義母がいなくなってしまったのが、何だか信じられません。
今でも義母の庭で採れた新鮮な野菜を手に、玄関から入ってくるような気がしてなりません。

あれからブログを更新するモチベーションも、なかなか上がりませんでした。
でも、義母も一休みした後、きっと新たな人生のスタートラインを見つけるでしょう。
そんな義母に心配をかけないよう、残された僕達も元気に生きて行きたいと思います。

後先になりましたが、ご心配いただき、渾身の励ましを頂いた方々に、あらためて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

20151102_02


***昨日より今日、今日より明日が、より良い日でありますよう!***

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